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大阪高等裁判所 昭和38年(ラ)220号 決定 1964年1月10日

抗告人

(二一九号)中辻博

(二二〇号)辻尾義信

(二二一号)松本貞次

ほか一名

主文

一、原決定を取り消す。

二、本件競落を許さない。

理由

一、抗告人らの抗告の趣旨と理由は別紙のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  昭和三八年(ラ)第二二一号事件について。

本件競売及び競落期日公告によると、競売法二九条の要求している賃貸借の期限、並びに借賃及び借賃の前払又は敷金の差入れあるときはその額について何らの記載のないことが認められる。しかし、同公告に抗告人佐々木キク子が主張するような賃貸借の記載がないからといつて、同抗告人が競落人に対抗できる賃貸借が消滅させられる理はない(最高裁判所昭和二五年(オ)第二二八号昭和二八年三月一七日第三小法廷判決民集七巻二四八頁参照)

そうすると、同抗告人は、本件競落許可決定に対し、主張のような理由を掲げて抗告する何らの利益がないわけであるから、同抗告人のこの理由は採用に由ない。

(二)  昭和三八年(ラ)第二一九号二二〇号事件について。

(1)  抗告人中江博の抗告理由第一点について。

同理由は、競売法三二条によつて準用される民訴六八一条二項六七二条に列挙された異議の原因のいずれにも該当しない。

したがつて同理由は、この点で失当であり採用に由ない。

(2)  同抗告人の抗告理由第二点、同辻尾義信及び同松本貞次の抗告理由について判断する。

本件記録によると、前掲競売及び競落期日公告には、別紙目録記載の不動産のうち、本件土地の最低競売価額を金二七万円、家屋の最低競売価額を金八一万九、七二〇円とし、登録簿上畑である前者について、特に「現況は宅地である」と記載されていること、そして、昭和三八年一〇月一五日午前一〇時、原裁判所で開かれた不動産競売期日では、北田利三郎が、本件土地を金四五万円、家屋を金八五万円で競買したが、同人は、本件土地を農地としてではなく、本件家屋の敷地即ち宅地として競買した。原裁判所は同月二二日午前一〇時に開いた競落期日で、北田利三郎の右競落の許可決定をしたことが認められる。そうすると、原裁判所は、本件土地は、登記簿上畑になつているが、現況は宅地であることから、宅地として競売手続を進めたことになるが、原裁判所の右手続は正当であり、地目が畑であることから、現況を無視して農地としての競売手続を進めなければならないものではない。

そうだとすると、右抗告人らが本件土地を、地目どおり農地として競売しなかつたことを理由に、原決定の取消しを求めることは、失当である。

(三)  職権によつて、本件記録を精査すると、原決定には次の違法があり取消しを免れない。

(1)  本件記録によると、原裁判所から、競売法二八条によつて本件不動産の評価を命ぜられた鑑定人荒木久一が提出した鑑定書によると、本件土地を農地として一坪当り金一万円と評価し、適正更地価額として、金三六万円(本件土地の坪数は三六坪である)と積算した。しかも、「競売という特殊な市場での売買を目的とした評価であるため、その特殊性に対する価額調整の必要を認め、又本件土地の地目が農地であるため需要者がある程度、限定されるという市場性も勘案して」七五パーセント調整し、本件土地を金二七万円に評価したこと、本件家屋についても同特殊性を勘案して同割合による価額調整をしたことが認められる。

(2)  右鑑定は、本件土地を畑として評価したこと、畑としての時価を、競売の特殊性により更に七五パーセント調整したこと及び本件家屋の評価についても競売の特殊性により同割合の調整をしたことにおいて、二重の過誤を犯している。

競売法二八条で鑑定人に目的不動産を評価させ、その評価額をもつて最低競売価格とすることにしたのは、不動産の価額を相当に維持し、不当に安価に競売されることを防ぐことにある。したがつて、鑑定人が、目的不動産を評価するに当つては、公正な立場に立つて、可及的に客観的価額を算出すべきであることは当然である。本件鑑定のように、競売期日に相当の競買申込みがないことを予想して、はじめから、目的不動産の評価額を、客観的価額以下に調整して見積ることは、右評価の趣旨に反する越権的評価である。そればかりか、それは競売法三一条民訴六七〇条によらないで最低競売価格を低減する結果をきたし許されない。

そのうえ、農地法は現況主義をとつているのであるから、真実建物の築造されている本件土地の競売について農地法上の知事の許可は不要であり、したがつて、買受資格に制限はないし、名目上地目が農地となつていても、その移転登記は知事の許可証明書を必要とするものではないから、市場性はなんら限定される理がないとしなければならない。

そうだとすると、右鑑定人は、本件鑑定に当り、本件土地を現況宅地としてその時価を算出すべきであり、本件家屋と本件土地の時価算出について競売市場の特殊性による価額調整をすべきではなかつた。しかるに、本件鑑定は、これと異なる立場で、本件土地が畑であり、市場性が制限されることを評価するに際して勘案した。

そうすると、原裁判所は右鑑定を鵜呑みにせず、再鑑定を命ずるなど適切な方法を採つて適正な最低競売価額を求める挙に出るべきであつた。しかるに、原裁判所は、ことここに出でず、過誤のある本件鑑定の評価額を最低競売価額として競売及び競落期日公告に掲載した以上、それは適法な最低競売価額の掲載がなかつたことに帰着し、原決定はこの点において取消しを免れない。

(四)  以上の次第であるから、民訴四一四条三八六条を適用して主文のとおり決定する。(裁判長裁判官平峯隆 裁判官大江健次郎 古崎慶長)

抗告の趣旨および理由

一、抗告の趣旨

主文同旨の決定を求める。

二、抗告の理由

(一) 抗告人佐々木キク子(昭和三八年(ラ)第二二一号事件)

同抗告人は、昭和三七年五月五日辻尾義信から、本件家屋を賃料一カ月金二、〇〇〇円で賃借中である。それにも拘らず、本件競売及び競落期日の公告にその記載がない。しかし、抗告人は賃借中であるから、再調査を求める。

(二) 抗告人中辻博(同年(ラ)第二一九号事件)の抗告理由第一点同抗告人は、本件不動産の第二番抵当権の仮登記権利者である。本件競売期日の通知は、同抗告人に対し、競売期日の二日前に送達された。これは正当な通知でないから、本件競売は許されない。

(三) 同抗告人の抗告理由第二点及び、抗告人辻尾義信並びに同松本貞次(同年(ラ)第二二〇号事件)の抗告理由

本件土地は現況宅地であるが、地目は畑である。したがつて、本件土地を競売するには、知事の許可が必要である。しかるに、本件の競買人は、農地の売買を許すべき、適格証明書をもつておらない。原裁判所が、これに対し競落許可決定をしたのは違法であり、取消しを免れない。

目録<省略>

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